毎月の積立に意志はいらない。子育ても、同じ設計にしています

子育てのナッジについて、記事を書いていたときのことです。

「勉強しなさい」と言う代わりに、環境を整えて、子どもが自然と机に向かうようにする。そういう工夫を並べながら、私はふと、手が止まりました。これ、投資でずっとやってきたことと、まったく同じじゃないか、と。

投資では、私は自分の意志を、一切使わないようにしています。毎月、決まった額が、自動で積み立てられる。相場が上がろうが下がろうが、私は何もしない。「今月は買おうか、やめようか」と考えることすら、しません。意志を、仕組みの外に追い出しているんです。

そして、気づけば、子育てでも、家事でも、同じことをしていました。本人の意志やがんばりに頼るのをやめて、意志がなくても回る仕組みのほうを、せっせと作っている。

今日は、この「意志を信じない」という一点について書きます。投資と子育て、まったく別の話に見えて、根っこは同じでした。

目次

そもそも、意志は当てにならない

話の出発点は、身もふたもない事実です。人間の意志は、当てになりません。

私たちは、自分の意志を、けっこう過大評価しています。「やろうと思えばできる」「気合が足りないだけだ」と。でも、実際の自分を振り返ると、どうでしょうか。ダイエットを決意した三日後にケーキを食べ、「毎日勉強する」と誓った一週間後にはスマホをいじっている。私も、何度もそうでした。

これは、意志が弱いからではなく、そもそも意志とは、そういう性質のものだからだと思っています。意志の力は、有限です。使えば減る。一説には、人は1日に数千回から、多いときは3万回を超える意思決定をしているとも言われます。朝、何を着るか。昼、何を食べるか。仕事で、どちらを選ぶか。この無数の小さな決断で、意志の力は、じわじわとすり減っていきます。だから、夜になると、判断が雑になる。決めるのが面倒になって、いちばん楽な選択に流れる。

意志に頼った計画が続かないのは、本人のせいというより、意志という道具そのものが、長距離走に向いていないからです。だとしたら、大事なことを、その頼りない意志に、預けてはいけない。

投資で、意志を追い出した結果

私が最初に、意志を追い出したのは、投資でした。

投資を始めたころ、私も相場を見ていました。「今月は高いから、来月まで待とう」「下がってきたから、もう少し様子を見よう」。自分の判断で、タイミングを計ろうとしていたんです。でも、これがうまくいかなかった。高いと思って待てば、さらに上がる。安いと思って待てば、さらに下がる。そして何より、毎月「どうしようか」と考えること自体が、だんだん面倒になっていきました。

だから、全部やめて、自動積立にしました。毎月決まった日に、決まった額が、勝手に引き落とされて、勝手に買われる。私の意志は、そこに一切、関与しません。

これが、どれくらい効くのか。少し、数字で見てみます。あくまで考え方を示すための、ざっくりした試算です。

月5万円を、年7%で20年間運用できたとします。

運用のしかた20年後の資産(試算)
自動積立(意志ゼロ・淡々と続ける)約2,605万円
意志に頼る(気分で止める・忘れる・怖くて売る)約1,875万円
約730万円

意志に頼る人は、いろいろな理由で、入金を取りこぼします。相場が下がると怖くて止める。上がると「高いから」と止める。単純に、面倒で忘れる月もある。こうして実質の入金額が減り、しかも「安いとき」に限って手を止めがちなので、いちばん買うべきタイミングを逃します。

その結果が、20年で約730万円の差です。やっていることは、同じ「月5万円の積立」のはずなのに。この差を生んだのは、投資の才能でも、相場を読む力でもありません。ただ、意志を使ったか、使わなかったか。それだけでした。

子育てでも、同じことをしていた

さて、冒頭の話に戻ります。私は、この「意志を追い出す」という発想を、いつのまにか、子育てにも持ち込んでいました。

子どもに勉強させたいとき、いちばん簡単なのは、「勉強しなさい」と言うことです。でも、これは、子どもの意志に訴える方法です。そして、子どもの意志は、大人以上に、当てになりません。言われた瞬間はやる気になっても、五分後には忘れている。毎日言い続ける親のほうが、先に疲れてしまいます。

だから我が家は、「言う」のをやめて、「環境を作る」ほうに切り替えました。勉強する場所を決めておく。教材を、手の届くところに置いておく。宿題の前に、決まった合図(我が家では、タイマーとちょっとしたおやつ)を用意しておく。子どもが、自分の意志でがんばらなくても、自然と机に向かう「流れ」を、環境のほうに作っておくんです。

これは、投資の自動積立と、構造がまったく同じです。本人ががんばるのではなく、がんばらなくても、そうなってしまう仕組みを作る。主役は、意志ではなく、環境です。

「意志に頼る系」と「仕組みに任せる系」

こうして見ていくと、暮らしのあらゆる場面が、「意志に頼る系」と「仕組みに任せる系」の、二つに分けられることに気づきます。並べてみると、こうなります。

やりたいこと意志に頼る系仕組みに任せる系
お金を貯める余ったら貯金する先取りで自動天引き
投資する相場を見て手動で売買毎月自動積立・ほったらかし
勉強させる「勉強しなさい」と言う机・教材・合図を整える
片付ける気合で片付ける物の定位置と動線を決める
間食を減らす我慢するそもそも家に買い置きしない
運動するやる気を出す生活動線に組み込む

左側は、どれも「本人ががんばる」ことを前提にしています。そして、どれも、続きません。右側は、「本人ががんばらなくても、そうなる」仕組みです。そして、こちらは、勝手に続きます。

面白いのは、右側のどれもが、一度作ってしまえば、あとは意志を必要としないことです。先取り貯金は、一度設定すれば、あとは自動。物の定位置は、一度決めれば、あとは戻すだけ。お菓子は、買わなければ、我慢する必要すらない。最初に、環境を作るときだけ、少しエネルギーを使う。でも、そのあとは、ずっとラクなんです。

意志を信じないのは、優しさだと思う

ここまで読んで、「意志を信じないなんて、なんだか冷たいな」と感じる人が、いるかもしれません。人間の努力や、がんばりを、否定しているように聞こえる、と。

でも、私は、逆だと思っています。意志を信じないことは、人間に対する、いちばんの優しさだと。

意志に頼る設計は、うまくいかなかったとき、必ず「本人のせい」になります。貯金できないのは、意志が弱いから。勉強しないのは、やる気がないから。続かないのは、根性がないから。そうやって、人は、自分や、自分の子どもを、責めることになります。

でも、意志は、もともと当てにならないものです。当てにならないものに頼って、うまくいかなくて、自分を責める。これは、順番がおかしい。

仕組みに任せる設計は、この自己嫌悪から、人を解放します。うまくいかなかったら、仕組みが悪かった、と考えればいい。もっと自動化しよう、もっと環境を変えよう、と。責める相手が、「弱い自分」ではなく、「まだ甘い仕組み」になる。これは、ずいぶん、心を軽くしてくれます。

私が、投資で意志を追い出し、子育てで環境を整えているのは、効率のためだけではありません。自分や、妻や、子どもたちが、「意志が弱いダメな人間だ」と感じずに済むように。がんばれない日があっても、仕組みが勝手に回してくれるように。意志を信じないことは、意志の弱い自分を、責めなくていい、ということでもあるんです。

がんばらなくても、回るように

投資で学んだことは、たくさんあります。でも、いちばん大きかったのは、リターンの話でも、複利の話でもなく、この「意志を信じない」という一点だったかもしれません。

毎月の積立に、意志はいりません。子どもの勉強にも、できるだけ意志を使わせたくない。家事も、我慢も、できるだけ意志の外に追い出したい。人間は、がんばれる日もあれば、がんばれない日もある。その、がんばれない日のことを、ちゃんと計算に入れておく。がんばれない日でも、仕組みが勝手に回してくれる。そういう暮らしを、投資から始めて、家じゅうに広げているところです。

意志を信じるのを、やめました。その代わり、意志がなくても大丈夫な仕組みを、一つずつ増やしています。冷たいようで、これがいちばん、自分にも家族にも、優しいやり方だと思っています。


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