うな重を、続けて2杯食べたことがある人は、たぶん少ないと思います。でも、想像はできるはずです。
1杯目のうな重は、最高においしい。ふたを開けた瞬間の湯気も、最初のひと口も、この上ない幸福です。でも、もし同じうな重を、すぐにもう1杯出されたら、どうでしょうか。2杯目は、たぶん、1杯目ほどの感動はありません。同じ値段の、同じうな重なのに。3杯目まで来ると、もう、ありがたみはほとんど消えているはずです。
この「2杯目のうな重」の感覚に、暮らしをずいぶんラクにしてくれる、大事なヒントが隠れていました。今日は、その話を書きます。
満足は、増え続けない
さっきのうな重の話を、少し数字にしてみます。あくまで、感覚を表すためのイメージです。
| うな重 | 満足度 | 1円あたりの満足 |
|---|---|---|
| 1杯目 | 100 | 5.00 |
| 2杯目 | 35 | 0.88 |
| 3杯目 | 10 | 0.17 |
| 4杯目 | −5 | (もう苦しい) |
同じ2,000円を払っているのに、2杯目、3杯目と進むにつれて、得られる満足は、どんどん小さくなっていきます。経済学では、これを「限界効用逓減」と呼ぶそうです。難しい言葉ですが、要するに「同じものを足していっても、追加の満足はだんだん減る」という、当たり前といえば当たり前の話です。
そして、この法則は、うな重だけの話ではありません。暮らしのあらゆる場面に、こっそり効いています。
たとえば、モノの値段と満足の関係も、そうです。3,000円の外食は、1,000円の外食より、確かに満足度が高い。でも、3倍おいしいかというと、そんなことはない。1万円の外食になると、もっと差は縮まります。値段は青天井に上がっていくのに、満足は、どこかで頭打ちになる。高すぎるものほど、払った金額のわりに、満足が低く感じられるのは、このためだと思っています。
「最高」を求める人ほど、幸福度が低い
このことを調べていて、面白い心理学の話に行き当たりました。
人には、大きく二つのタイプがいるそうです。何を選ぶときも「最高のもの」を求めて、あらゆる選択肢を比較しないと気が済まない人。心理学では、最大化する人、マキシマイザーと呼ぶそうです。もう一方は、「これで十分」という基準を満たしたら、そこで決めてしまう人。満足化する人、サティスファイサーと呼ぶそうです。
直感的には、最高を追い求めるマキシマイザーのほうが、良い結果を手にして、幸せになりそうな気がします。でも、研究の結果は、逆でした。マキシマイザーは、たとえ客観的に良いものを手に入れても、サティスファイサーより幸福度が低い傾向がある、というのです。
理由は、いくつかあるようです。まず、あらゆる選択肢を比較するのは、単純に疲れる。次に、やっと選んだあとも、「もっと良いものがあったのでは」という後悔が残る。そして、最高を求めるほど期待値が上がるので、実際に手にしたものに、満足しにくくなる。
選択肢が多いほうが幸せなはずだ、という思い込みも、どうやら怪しいようです。ある有名な実験では、24種類のジャムを並べた売り場より、6種類だけ並べた売り場のほうが、たくさん売れたそうです。選択肢が多すぎると、人はかえって選べなくなり、選んでも満足しにくくなる。「選択のパラドックス」と呼ばれる現象だと知りました。
我が家が、こだわるのをやめたもの
こういう話を知って、我が家は、いろいろなことで「最高を求めるのをやめる」ようにしました。
たとえば、今日の晩ごはん。以前は、なんとなく「いちばん良い献立」を考えようとして、地味に消耗していました。でも今は、「まあ、これでいい」で決めます。ランチの店選びも、旅行先も、着る服も、同じです。全部を最適化しようとするのをやめて、「十分に良いもの」で手を打つ。そして、決めたあとは、振り返らない。「あっちのほうが良かったかも」と考えるのを、意識的にやめました。
これで、驚くほどラクになりました。選ぶことに使っていた時間と、選んだあとに後悔していた時間が、まるごと消えたからです。以前、我が家が「選ぶ回数」そのものを減らした話を書きましたが、あれと同じで、選択は、減らせば減らすほど、暮らしが軽くなります。
少し数字で見てみます。
| 選び方 | 満足度 | かけた労力 |
|---|---|---|
| そこそこ(80点)で決める | 80点 | 1時間 |
| 最高(95点)を探し抜く | 95点 | 10時間 |
95点のものを探し抜くには、80点で決めるより、何倍もの労力がかかります。それなのに、満足度の差は、15点ぶんしかない。しかも、その満足も、時間がたてば逓減していく。この15点のために、10倍の労力を払うのは、多くの場合、割に合わないんです。80点で決めて、浮いた9時間を、もっと大事なことに使うほうが、たぶん幸せです。
でも、全部を「ほどほど」にはしない
ここまで読むと、「なんでもテキトーに決めればいい」という話に聞こえるかもしれません。でも、そうではありません。ここが、いちばん大事なところです。
我が家にも、徹底的にこだわって、最高を追い求めるものが、ちゃんとあります。
たとえば、家電です。毎日使う洗濯機や、掃除機のような家電は、スペックを隅々まで比較して、納得いくまで悩んで、いちばん良いと思うものを選びます。節約の仕組みも、同じです。固定費の見直しや、投資の設定は、最初にとことん詰めます。これらに関しては、私は完全にマキシマイザーです。
なぜ、ここは最高を求めるのか。理由は、はっきりしています。一度決めたら、その効果が、長く続くからです。
毎日使う家電は、一度良いものを選べば、その満足が、何年も続きます。固定費や投資の設定は、一度こだわって仕組みを作れば、あとは何もしなくても、ずっと効き続けます。つまり、最初の「こだわり」が、その後ずっと、複利のように効いてくる。だから、ここには、10時間かける価値がある。
一方、今日の献立や、ランチの店は、一回きりです。すぐに消えるし、明日はまた選び直せる。ここに10時間かけても、その効果は、その日で終わってしまう。
最大化するもの、満足化するもの
この線引きを、表にしてみます。
| 対象 | 方針 | 理由 |
|---|---|---|
| 長く毎日使う家電 | 最大化(こだわる) | 一度決めれば何年も効く |
| 固定費・保険・投資の設定 | 最大化(こだわる) | 一回の設定が仕組みとして固定される |
| 今日の献立・ランチの店 | 満足化(ほどほど) | 一回きり。すぐ消える。選び直せる |
| 日用品・消耗品 | 満足化(ほどほど) | 銘柄を決めて、選ぶこと自体をやめる |
| 旅行先・週末の予定 | 満足化(ほどほど) | どれを選んでも、良い思い出になる |
線引きの基準は、シンプルです。「一度決めたら、ずっと固定されるものか」「それとも、何度も選び直すものか」。
長く固定されるもの、仕組みになるものは、最初に徹底的にこだわる。一回きりで消えるもの、頻繁に選び直すものは、ほどほどで手を打つ。この使い分けができると、こだわるべきところにエネルギーを集中できて、どうでもいいところで消耗しなくなります。全部にこだわるのは、ただの浪費。全部を手抜きするのも、それはそれで損。要は、メリハリなんです。
投資も、実は同じだった
この考え方は、投資とも、きれいに重なります。
投資を始めたばかりのころ、私は「最高の銘柄」を探そうとして、疲れていました。あの株がいい、いや今はこっちだ、と。まさに、マキシマイザーの沼です。でも、結局たどり着いたのは、全世界株のインデックスファンドを1本、淡々と積み立てる、という、きわめて「満足化」な答えでした。
最高の銘柄を探し続ける人よりも、「これで十分」と決めて、長く続ける人のほうが、たいてい良い結果になる。銘柄選びは満足化して、その代わり、最初の「積立の仕組み」だけは最大化して作り込む。これは、まさに、暮らしでやっていることと、同じ構造でした。
2杯目を、追いかけない
最高を求めるのをやめると、暮らしは、驚くほど身軽になります。
2杯目のうな重は、追いかけない。80点で十分なところは、80点でさっと決める。そうやって浮いた時間とエネルギーを、本当にこだわりたい、数少ないものに、集中して注ぐ。満足化というのは、妥協やあきらめではなくて、限りある自分の力を、どこに使うかを選ぶ、一つの技術なんだと思います。
いちばんおいしいのは、いつだって1杯目です。その1杯目を、たくさん味わえる暮らしのほうが、あらゆるものを2杯目まで追いかける暮らしより、きっと豊かです。全部で満点を取ろうとするのを、やめてみる。それだけで、肩の力が、すっと抜けました。
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