夕方になると判断が雑になる。我が家が「選ぶ回数」を減らした話

白状すると、私は夕方から夜にかけて、だんだん判断が雑になります。

朝はわりと冷静なのに、夕方になると、子どもの「どっちがいい?」みたいな小さな問いにも、つい「どっちでもいい」と投げやりに答えてしまう。些細なことでイライラもします。

最初は、ただ疲れているせいだと思っていました。でも、どうやらそれだけではないらしい、と最近になって知りました。

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一日に決められる回数は、たぶん限られている

「決断疲れ」という言葉があるそうです。人が一日に下せる決断の質や量には限りがあって、選択を繰り返すほど、後半の判断がいい加減になっていく、という考え方です。

有名な話だと、ジョブズはいつも同じ服を着ていました。ザッカーバーグも同じグレーのシャツばかり着ていることで知られています。「何を着るか」みたいなどうでもいい決断にエネルギーを使わず、大事な判断のために取っておくため、と言われています。

正直に言うと、この「決断疲れ」、学術的には再現性をめぐって議論もあるようです。だから「科学的に証明された」と言い切るつもりはありません。ただ、我が家で試してみたら、はっきり効きました。その実感だけは本物です。

投資は自動化したのに、暮らしの選択は無防備だった

考えてみれば、私はお金のことだけは、とっくに「決断しない」仕組みにしていました。

毎月の積立は、一度設定したら、もう何も決めません。相場が上がろうが下がろうが、「今月どうするか」を判断しない。だからお金の面では、決断疲れとはほぼ無縁でした。

なのに、暮らしのほうは、毎日こまごまと選び続けていたんです。今日は何を着るか、晩ごはんは何にするか、洗剤はどれを買うか。一つひとつは小さくても、積み重なれば、夕方の私の不機嫌の正体は、たぶんこれでした。

それなら、暮らしの選択も、お金と同じように減らせばいい。そう思って、家じゅうの「どうでもいい選択」を、ひとつずつ消していきました。

我が家から消した「選ぶ回数」

まず、自分の服。ほぼ固定しました。いわゆる私服の制服化です。同じような服を何枚か持っておいて、朝は何も考えずに着る。「今日は何を着よう」が消えるだけで、朝が一段軽くなりました。

晩ごはんは、ヨシケイに頼っています。献立と食材がセットで届くので、「今日は何を作ろう」「何を買い足そう」という、地味に重い問いが、まるごと消えました。我が家にとっては、これがいちばん効いた気がします。

日用品は、銘柄を固定して、基本は定期購入。あれこれ比較しません。そして、何かが一つなくなったら、その場でアレクサに「買い物リストに入れて」と言うだけ。覚えておく、メモを取る、という小さな負担まで消えます。

買い物そのものも、同じ店で同じ物を買うようにしています。新しいお得を探す楽しみはありますが、それは趣味としてやるときだけ。日常の買い物では、もう迷いません。

あとは、家全体を、できるだけ「考えなくても回る」状態にしています。時間になればアレクサが声で知らせてくれるし、いくつかのことは自動で動く。「次に何をするんだっけ」を、家のほうに肩代わりしてもらっています。

そうしたら、夕方が穏やかになった

これらを消していったら、夕方の私が、前より穏やかになりました。

判断材料が減ったぶん、頭に余白ができる。だから、子どもの小さな問いにも、前よりちゃんと向き合えるようになりました。どうでもいい選択でエネルギーを使い切って、大事な場面で不機嫌をぶつける、という最悪のパターンが減ったんです。

大事な決断は、脳が元気なうちに

そのうえで、もうひとつ意識していることがあります。

どうしても残る「大事な決断」—お金の大きな動き、教育の方針、まとまった買い物—は、なるべく午前中か、休憩した直後にやるようにしています。頭が元気なうちに済ませる。

逆に、夜の疲れた頭では、大きな決断をしないと決めています。夜に「えいや」で決めたことは、たいてい翌朝に後悔するからです。

ぜんぶ減らせばいい、というわけでもない

ただ、ここで一つだけ、自分に釘を刺しています。

「選択を減らす」のは、あくまで自分の、どうでもいい選択についての話です。子どもの選択まで、効率よく親が消してしまったら、それはただの管理になってしまう。

我が家ではむしろ、子どもには「自分で決めさせる」ことを大事にしています。服も、勉強も、できるだけ本人に選ばせる。子どもにとっての「選ぶ」は、消すべき負担ではなくて、育てたい力のほうだからです。

だから線引きはこうです。消すのは、親の、どうでもいい選択。残すのは、子どもの、育てたい選択。同じ「選択を減らす」でも、向ける相手で意味が正反対になります。

結局、投資でやっていたことと同じだった

振り返ると、今回やったことは、投資の「設定して忘れる」を、暮らしの意思決定全般に広げただけでした。

意志の力は、たぶん有限です。だったら、どうでもいいところで使い切らずに、本当に大事なところ—家族とどう向き合うか、お金をどう動かすか—のために、取っておきたい。

我が家の暮らしは、こうしてまた少し、考えなくても回るようになりました。地味ですが、夕方に不機嫌じゃない父親でいられるなら、それがいちばんのリターンだと思っています。


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