夜、寝る前に、上の子に、前の日やった算数を一問だけ出してみたことがあります。たっぷり時間をかけて、私が横についてやらせた問題でした。
解けませんでした。やり方すら、きれいに忘れている。
あんなに時間をかけたのに、と一瞬がっかりして、でもすぐに思い直しました。忘れているのは、子どもがサボったからでも、頭が悪いからでもない。たぶん、やらせ方のほうが間違っていたんです。
1教科をがっつり、には2つ問題があった
うちは以前、勉強といえば「1教科をまとめてがっつり」でした。やるなら集中して、と思っていたんです。でも、これには問題が2つありました。
ひとつは、単純に時間が足りない。1教科を腰を据えてやると、あっという間に時間が溶けます。仮に5教科を1回20分ずつやろうとしたら、それだけで100分。毎日100分なんて、学校の宿題もある小学生には、どう考えても現実的じゃない。
もうひとつが、もっと根の深い問題でした。がっつり時間をかけた内容ほど、翌日にはきれいに抜けている。時間をかけた、イコール、身についた、ではなかったんです。あの寝る前の一問が、それを教えてくれました。
人は、思っているよりずっと早く忘れる
あとで知ったのですが、人の忘れ方には、わりとはっきりした形があるそうです。エビングハウスという人が調べた、有名な「忘却曲線」というやつです。
よく引かれる数字だと、覚えた20分後にはもう4割くらい、1日後には7割近くを忘れている。1回がんばって頭に入れても、翌日には3割ちょっとしか残っていない計算になります。
正直に書いておくと、この実験は「意味のない文字の並び」を覚えたもので、子どもが理解して解く勉強そのものとは少し違います。それでも、「1回で頭に入れて、あとはそのまま」というやり方が、いかに割に合わないかは、じゅうぶん伝わってきました。横で1時間つきっきりだった私の労力の、ざっくり7割が、翌日には蒸発していたわけです。
なぜ「バラす」と残るのか
では、どうすれば残るのか。答えは、わりと身も蓋もなくて、「間をあけて、何回かに分けて触れる」でした。
同じ合計時間でも、1日でまとめてやるより、何日かに散らしたほうが、長く記憶に残る。これは分散効果と呼ばれていて、心理学のなかでもかなり再現性が高い、固い話なのだそうです。
理屈はこういうことらしい。一度忘れかけたものを、もう一度思い出すと、脳が「これは何度も出てくる大事な情報だ」と判断して、定着が強くなる。だから、適度に忘れた頃にまた会う、を繰り返すのがいい。まとめての詰め込みは、まだ忘れていないうちに重ねてしまうので、この「思い出す」がそもそも起きないわけです。
我が家が実際に変えたこと
この話を知って、家庭学習を組み直しました。今はこうなっています。
朝は20分だけ。上の子は算数の文章題、通信教材の社会と理科、余ったらドラえもんの英語のまんが。下の子は算数の知恵問題、国語の文章題、100ます計算。夜は15分、英語。これとは別に学校の宿題があるので、家庭学習のほうはあくまで短く、が我が家の方針です。
変えていちばん効果を感じたのは、英語でした。前は1回25分くらいまとめてやっていたのを、毎日10分程度に削って、その代わり毎日必ず触れるようにした。25分を週に2回やるより、10分を毎日のほうが、ことばは確実に残る。子どもの負担はむしろ軽くなったのに、定着はよくなりました。短くしたのに、よくなった。これは、ちょっとした発見でした。
ここから先は、私もまだできていない「理想」の話
ここまでが、我が家で実際にやっていることです。
ここから先は、正直に言うと、私もまだやり切れていない理想の話になります。調べていて「これはやってみたい」と思ったことを、自分への宿題のつもりで、丁寧に書いておきます。
理想その1:バラすだけでなく、混ぜる
分散学習の親戚に、インターリービング(交互学習)というのがあります。算数を20分まとめてやるのではなく、算数、国語、算数、理科、というふうに、種類の違うものを交互に差し込むやり方です。
おもしろいのが、これをやると、その場では「なんだかやりにくい」「できていない気がする」感じが出るそうなんです。まとめてやるほうが、スラスラ進む感覚がある。でも、そのスラスラが曲者で、できるようになった気がするだけで、じつは残っていない。むしろ、ちょっとやりにくいくらいのほうが、あとで残る。これを「望ましい困難」と呼ぶらしくて、この言葉を知ったときが、今回いちばん「ほお」と声が出た瞬間でした。
うちは、教科をバラしてはいるけれど、混ぜるところまではできていません。朝の20分のなかで、算数と国語を1問ずつ交互に、くらいなら、明日からでも試せそうです。
理想その2:画面で見るより、手で書く、そして思い出す
ふたつめが、「紙に書く」こと。
画面を眺めて覚えるより、手で書いたほうが記憶に残りやすい、という研究があります。手を動かすこと自体が記憶のフックになるうえに、書くという行為は、頭の中から引っぱり出す「思い出す」作業でもあるからです。
じつはこの「思い出す」が、かなり効きます。読み返して見直すより、いったん本を閉じて、思い出して書き出すほうが、ずっと残るそうです。テストが記憶に効くのは、点をつけるからではなく、思い出させるから、なんですね。
うちは、つい「もう一回読んどき」で済ませがちでした。でも本当は、「昨日のあれ、何だっけ」と、閉じた状態で思い出させるほうがいい。見るより、書く。読むより、思い出す。これも、やってみたいことのひとつです。
理想その3:寝る前の数分を、復習の時間に変える
みっつめが、夜の使い方です。
寝ている間に、その日の記憶が整理されて、定着していく。記憶の固定化と呼ばれる働きで、だから「寝る直前に軽く触れたこと」は、睡眠中に固められやすいそうです。
これを使うなら、夜寝る前に、その日やったことを1回だけ、ぱっと思い出す。ノートを見ずに「今日の算数、どんなのだっけ」と頭の中でなぞるだけでいい。それで、寝る。たった数分の習慣が、睡眠というただ働きの時間を、まるごと復習の時間に変えてくれる。これはコスパが良すぎる、と思いました。
ちなみに、ポモドーロ(25分やって5分休む、というあれ)も、突き詰めると、休憩で小さく区切ること自体が分散の一形態です。ただ、これを語り出すと長くなるので、また別の機会に書きます。
ゲームが勉強より記憶に残る、本当の理由
ここで、ちょっと意外な角度の話を。
うちの子は、桃鉄の物件名も、マインクラフトのレシピも、英語の単語よりずっとよく覚えています。なんでだろう、とずっと不思議だったのですが、今回の話で腑に落ちました。ゲームは、構造そのものが分散学習なんです。
毎日少しずつ、何度も同じ情報に出会う。前に覚えたことを、忘れた頃にまた使う。しかも、思い出せないと先に進めないから、知らないうちに「思い出す」練習をずっとさせられている。誰に言われなくても、勝手に、分散と想起を繰り返しているわけです。
ゲームの中身が勉強よりよく頭に残るのは、子どもが怠けているからではなくて、ゲームのほうが、記憶のしくみに優しい設計になっているから。勉強だけ「まとめて1回」でやらせていたのが、いかに不利だったか、という話でもあります。
全部やると、一日はこうなる
では、ぜんぶ理想どおりにやると、一日はどうなるのか。想像で書いてみます。
朝、20分。算数を1問、国語を1問、理科を1問、と種類を混ぜて、紙に手で書きながら解く。これで、分散と、インターリービングと、手書きが一度に入ります。
日中は、ゲームや遊びのなかで、勝手に同じ情報に何度も出会う。これは放っておいても起きる、自然な分散です。
夜、寝る前の数分。ノートは閉じたまま、「今日やったの、なんだっけ」と思い出す。これで、想起と、睡眠中の固定化を取りにいく。
そして翌日、忘れかけた頃に、また少しだけ触れる。間をあけた復習です。
これを毎日、短く回す。1教科を1時間やらせていた頃と、合計の時間はたぶん変わりません。でも、残る量はまるで違うはずです。
正直、我が家もまだ半分くらいしかできていません。でも、こうして書き出してみると、ぜんぶ「短く、混ぜて、思い出して、寝る」の組み合わせで、特別な教材も、特別な気合もいらない。明日から、ひとつずつ足していけそうな気がしています。
結局、勉強も投資と同じだった
振り返ってみると、これは投資で覚えたことと、まったく同じでした。
一度にどかんと入れて放置するより、少しずつ、淡々と、間をあけて続けるほうが効く。積立投資が「まとめて1回」より強いのと、勉強が「バラして毎日」のほうが残るのは、たぶん根っこで同じ話です。
1教科を1時間やらせるより、3教科を20分ずつ。根性でも才能でもなくて、ただ、忘れ方に合わせてやり方を組み直すだけ。子どもに「もっとやりなさい」と言う前に、まずやり方のほうを、親が先に直してみようと思っています。
関連記事・装備品
→ 「ひとりでできる」と「まだ無理」の間に、子どもの伸びしろは全部ある
→ 勉強したらごほうび、はアリか。我が家がたどり着いた答え
→ 朝は自動で回るのに、帰宅後だけ崩壊する。1日のルーティンを「くっつけ」で組み直してみた
→ 桃鉄が「遊び×学び」の最強ツールな理由。地理・金融・英語を勝手に覚える3児パパ家のリアル
→ オンライン英会話もディズニー英語も試した我が家が、結局スタサプに落ち着くまで
→ 捨てるはずの24インチモニター+Chromecastで作る家庭学習ステーションを作ってみました
→ 📋 社内装備規程:子育て・教育部の装備を見る
→ 👋 代表挨拶:まめ家の経営理念

コメント